オタゴ大学ランゲージセンター(NZ)長期一般派遣留学生レポート

2014年度
2nd Term

2014年2月から6月まで、オタゴ大学ランゲージセンターに留学していたY.A.さん、M.A.さん、M.U.さん、M.U.さん、A.Y..さん、Y.N.さんからの近況レポート△任后イニシャルをクリックすると該当するレポートにジャンプします。

Name: Y.A.

英語の学び方

他国の友達は、本当に大切な存在だと思う。自分が通う学校でもたくさんの友達が出来た。彼らも英語を学びに来ていて元々お互いの言語が違うので、もちろん英語を使うしかない。お互い流暢に話せるわけでもなく、発音なども正確ではないときがある。なかなか伝わらないことも多々あれば、結局分からずに笑って終わってしまうこともある。会話が思うように進まないことが多い中だが、私はあることをきっかけに、他国の友達の大切さを改めて感じることが出来た。

私が留学して二か月経つ頃、私のクラスに同い年の女の子が新しく入ってきた。それから一週間経った頃、帰りのバスで偶然その子に会った。同じバスの線を使っている友達はとても珍しかったので、お互い早く打ち解けることが出来た。その上、ホームステイ先がもの凄く近いことを知り、たまに遊びに行くようになった。それからまた数日後、その子のホストファミリーの私情で、18日間だけ移動しなければならなくなった。その友達は今、私のホームステイ先にいる。一緒に住みたいと言ってくれた。元々私以外に留学生がいなかったので、この18日間が私にとっては本当に大きな出来事であった。朝の登校も一緒、クラスが同じなので学校でも一緒、帰ってきてから家でも一緒。完全に英語を話す機会が増えた。最初に述べたとおり、お互いの不完全な英語を通して会話をする一番のメリットは、お互いに学びながらお話が出来るということだ。片方が言葉に詰まったり、間違った文や単語を使ったとしても、もう片方が知っていれば教えることが出来る。一緒に調べてお互いに学ぶこともできる。偶然にしても同い年ということもあるせいか、上手く言葉にすることが出来なくても理解できることが多いため、その点でも本当に素晴らしいと思っている。そして、その友達と一緒にいるようになったことで、新たな友達も増えた。そしてつい最近、その友達と一緒に遊びに行った。自分以外の全員が他国の友達だった。今までも他国の友達と大人数でいることも多々あったがその中に誰かしら一人は日本人がいたので、そのような環境が初めてだった。もの凄く新鮮な感覚で、自分が留学しているのだと改めて実感した一日だった。全員が流暢に英語を話せるわけではないので、一つひとつの単語がはっきりと認識することができ、そのように使うのだと学ぶことが多かった。理解できないことがあれば、お互いすぐに質問したりと、日常会話の中全てが勉強になっていたと思う。また、どのように使っているかなどきちんと理解することが出来たため、自分でもすぐにその文を使うことができた。少しでもより多く自分で発した文章は、確実に自分の知識として頭に入っていると実感することが出来た。実際に、留学したばかりの頃はもちろん何事に関しても分からないことばかりだったので、様々な人に様々な質問をしていた。そのおかげで質問に関する文章が、考える前に口から出るようになった。

どうして同い年、もしくは年下の他国の留学生が、自分とは比べ物にならないくらい上手く英語が話せるのだろうと何回も疑問に思ってきたが、自分の英語を話す機会が増えたおかげで答えを見つけることが出来た。間違えることを恐れて、自ら言葉を発しないからである。いつも話を聞く側に回ってしまって、自分で話す機会を失ってしまっていた。英語を流暢に話せる友達に、「どうしてそんなに上手く話せるの?」と聞いても、全員が「ただしゃべり続けるだけだよ」と言っていた意味が本当によく分かった。

そんな大事な友達とも、あと少しでお別れしなければならない。身をもって体験できたことなので、残りの生活も友達との時間を大切に過ごしていきたい。



私が留学しているダニーデンで唯一の駅、「Dunedin Railway Station」である。
授業で行ったプレゼンテーションで、この駅について調べた。
この写真は、正面玄関から入ってチケット売り場に繋がるメインの控室である。本当にこれが駅なのかと疑うほど、何かのお城のような造りをしている。
駅とはいうものの現在はツアーにしか使われておらず、私が留学してから、まだ一度しか電車が走っているのを見たことがない。
観光者が写真を撮るために立ち寄るほど美しい場所である。


Name: M.A.

New Zealand

6月になりこちらの季節は冬。日に日に寒くなる一方でダウンジャケットが手放せない。いきなり雨が降ってきたりやんだり、風が強くなったり、こちらの天気は全く読むことができないので日々の服装を考えることさえいやになってくる。今年初めて雪が降った日は学校に無理していく必要がないにもかかわらず、私が使うバスは通常運転をしていたため学校へ向かった。しかしほとんどの生徒は来ておらず、先生さえも来ていなかった。急な坂が多いため車でも移動することができないダニーデンならではのことであった。

前回近況レポートを書いてからさらに2か月が経過した。10日間の長い休み(イースターホリデイ)があり、Milford SoundやTe Anau、TekapoなどDunedinだけでなくいろいろなところへ出かけることができた。その際も英語でホテルやバス、ツアーの予約を自分たちで行った。わからないことがあればホストファミリーに尋ね、自分たちだけでも異国で旅行ができるようになった。これも一つの成長である。授業が再開し新しい生徒も加わったため少し新鮮な気持ちでスタートすることができた。

あと1週間となってしまった。今考えれば4か月などあっという間に感じられる。それも良き友達ができたからだと実感している。毎日が充実し、忘れることのできない記憶である。こちらに来て日本人の友達ももちろんできたが、私はたくさんのサウジアラビア人の友達ができた。お互い英語を勉強している身だが彼らといることによってスピーキングの練習にもなった。実際のところ学校では国同士で生徒が固まってしまい、休み時間には英語をほとんどしゃべらないで過ごすことができてしまう。授業でさえわからないことがあれば日本人がいるため聞くこともできてしまう。それでは英語の練習にならないと悩んでいた私を毎日フラットに招いてくれた友達がいた。そこでたくさんの友達ができた。彼のおかげで周りの子より英語をたくさん話せている気がする。また、5年前に行ったウェリントンで友達になった男の子に偶然こちら出会い、いろいろなところに連れて行ってもらった。彼はkiwiのため話すスピードも速く会話をするのが少々困難であったが、いい経験になった。大学の交換留学生が行くようなプログラムにも一緒に参加させてもらい、ドイツ人、スペイン人など各国の交換留学生と交流することもできた。留学で他国の友達を作ることがいかに大切なのか実感している。

これからfinal testがまっている。今までの集大成なので、私がやってきたニュージーランドでの勉強の結果がでる。Writing、Listening、Vocabulary、Grammar、Reading、Speakingの6種類である。最後の最後で気を抜かないようにしっかり最後までやり遂げたい。



Name: M.U.

ニュージーランド・ダニーデンでの留学生活を振り返って

ニュージーランド・ダニーデンに来てから、早くも4か月が過ぎようとしている。この約4か月間を振り返ると、一見穏やかに思える毎日の中でも、様々な体験をしてきたことに気付く。今回の4か月という、限りがありつつも長い時間の使い方が今回の留学の最大の課題であった。

まず、ダニーデン市内は必要な施設はすべて揃っているが、4か月間、毎日遊んで過ごせるような巨大な街ではない。東京のように近隣にたくさん町があるわけでもなく、近くに旅行しようとなると、バスで4、5時間は移動することになる。このことは私にとって良い影響をもたらした。なぜなら、時間がたっぷりとあったからである。英語が話されている地域で、自分も英語を使いながら勉強し、かつ生活していくという条件は、例えば大都市などで毎日遊んで4か月間をただの長期旅行にするよりも、自分の時間を有意義に使えたと思う。とはいえ学校からの課題やテストはもちろんあり、時にはプレゼンテーションのような大きなプロジェクト、人によっては日本の課題もやらなければならいので暇というわけではない。

最初、私はこの4か月間をどのように過ごせば良いのか分からなかった。最初の1か月間は、日本人を含め多くの学生がいたため、気の合う友人も見つかり、放課後は一緒にダニーデン市内を探検したり、市内の観光名所を訪れてみたり、学校のプログラムでの旅行に参加してクイーンズタウンという観光地に行ったり、もちろん課題や慣れない生活をしつつも忙しく、楽しい時間が過ぎていった。私はこの1か月間がとても長く感じたように思う。しかし4月に入る少し前に、大半のクラスメートが帰国する時期が訪れた。それからは特に課題や勉強以外にすることがなく、市内も大体は把握してしまっていたので、特に珍しい発見はなくなっていた。だから放課後は、勉強や課題をこなしたり、スーパーマーケットでランチのための買い物をしたり、書店に立ち寄ってみたりと、ただの旅行者ではなく現地の人が日常を送るように、私もごく自然にダニーデンで生活を送れるようになっていた。私のホームステイ先のホストマザーは、こういった小さな町で知り合いに会ったり、買い物をしたりすることが幸せなのだと話していた。

残りの3か月間は、驚くほど早く過ぎていったが、その時間こそが私にとってかけがえのないものとなった。まず、英語を特別な時に使う言語ではなく、日常的なもの、ごく自然なものとして扱うことができるようになった。そのため何か問題が起こったとしても、自分で説明し、解決策を早く見つけ行動するということが、ためらわずにできるようになった。周りが英語を話す人しかいないので、こういった感覚は自然と訓練されてくる。例えば病気になっても、説明する相手である学校の先生や受付係、ホストファミリー、医師も全員英語を話す人たちである。そして特に電話での会話が難しい。こういった日常に溶け込み、自分で責任をもって行動することが留学の最大の醍醐味であり、収穫物となるのではないかと思う。それに伴ってもちろん英語のスキルも向上し、表現も豊かになってくる。正しい文法は学校で教えてくれる。ホストファミリーや学校の友達、先生やスタッフの方、そして時には見ず知らずの人と、いつでも会話することができる。実際に数か月滞在してみて、ダニーデンでの生活の豊かさを実感した。今回の4か月のニュージーランド・ダニーデンへの語学留学は貴重な機会であり、本当に勉強になることばかりであった。ただの旅行者で終わらず、留学生としてここで4か月過ごせたことを、私は本当に嬉しく思っている。

Name: M.U.

留学生の交流を遠ざけるもの

留学するにあたって、私が不安に思っていたことの一つが「他国の留学生」だ。私はこれまで、同年代の外国人と交流したことがない。ネイティブで会って話したことがあるのは全員、私に英語を教えてくれる「先生」だけだった。

日本では連日、隣国である中国や韓国に関するあまり友好的ではない報道を国民に向けて放送する。私自身、そこまでそれらの報道を鵜呑みにするほうではなかった、なぜなら以前中国語の授業を受けていた際、その授業の担当の中国人の先生が、ニュースで流れていること全てが真実ではないと教えてくださったからだ。同じ中国人だからといって、全員が敵対心を日本人に対して抱いているわけではない、誤解を招くような報道がされていて悲しいと仰っていたのがとても印象に残っている。
その事実を知っていたにも関わらず、私は、自分が日本人というだけで仲良くなれない人たちがいるのではないかとずっと疑っていた。今まで考えたことのない不安が頭の中で渦巻いていて、登校初日は言いようのない感情が頭痛を引き起こしていた。

ランゲージセンターに通う学生の大半はアジア人だ。なので必然的に同じクラスに中国、韓国、タイなどの学生がいる。さっそく越えなければならない壁ができたと私は思った。いかに友好的に接すればいいのかと。あまり人付き合いが得意ではないため、細心の注意を払わなくてはとハラハラしていた。授業では、スピーキング練習の一環としてペアワークを多く行う。まだ学校が始まって日が浅い中、今まで聞いたことのないような英語を喋る担任の先生が指示したことをなんとか理解しながら行う私のペアワークの相手は、中国からきた女の子だった。少し緊張しながら相手と情報交換し、なんとか課題を終わらせることができた。少し時間に余裕があったため、なに話そうか考えていたら、「ねえあなた日本人でしょ!私ナルト好きなの!」と向こうから話しかけてきた。しかも日本の話題でびっくりしたのを覚えている。さすが世界中で知られている日本のマンガ。今まで抱えていたものが嘘のようにどこかに飛んでいって、授業おかまいなしに喋っていた。日本文化が好きな学生もいると知って、疎外感を感じなくなった。しばらく過ごしているうちに知ったのが、私のクラスの中国、韓国人の学生はみんな日本文化にとても興味を持ってくれていることだった。この写真の女優好きなんだけど名前なんていうの!だったり、今言った日本語の意味なに!など、一日に一回は必ずそのような質問を受けた。自国の文化がこんなに親しまれているのを知って、とても鼻が高かったのと同時に、これまで不安に思っていた自分が馬鹿らしく感じた。人種であれこれ考える人は、少なくともここにはいないと実感できたことにとても救われた。

アクティビティの一環で、警察署に3クラス合同で見学に行った帰りに、同じクラスで仲良くしている韓国人の女の子と雑談をしていた。最初は他愛もない話だったが、途中からお互いの国で流れるニュースの話になった。そのとき、彼女は、「確かに私の国と日本の間でたくさんいろんなことがあったけど、今はイーブンだ、だからあれこれ昔のことを引きずるものじゃない。」と言ってくれた。そのあと私は、日本のニュースは毎日、隣国はみんな私たちを敵対視しているかのような報道ばかりしているけど、そんな人ばかりじゃないことはよく分かっているよ、など、あの先生から教わったことを彼女に伝えた。そしたら「あなたみたいな日本人がいることを知って本当によかった。ここに来る前は、韓国人だからって差別されるんじゃないかとすごく怖かったから。」と、私と同じ悩みを抱えていたことを打ち明けてくれた。とても衝撃を受けた。そのような不安を持つのは日本人だけなのではないかと思っていたからだ。しかし、なぜ偏った認識をしていない私たちが、ここまで隣国の学生に対して不安を感じなければならなかったのかと、漠然と疑問が浮かんだ。答えは簡単で、私たちの生活になくてはならないインターネットとメディアが原因である。連日ニュースで偏りのある情報ばかりが流れる今、私たちはどのように情報を取捨選択すれば良いのであろう。毎日見るテレビ、ケータイ、パソコンから得られる情報が本当に真実なのかまたは嘘なのか、私たちは何を信用すればいいのだろうと、その子との会話を通して、メディア、インターネットの恐ろしさを体感した。

今日も、ネットの掲示板では「韓国人はこういうやつらだから関わるな」などの偏った思考のコメントがずらりと並んでいる。私たちは簡単にそれを見ることができる。しかし、私が今いるこの場所では、毎日韓国や中国の学生と喋って、互いの文化を教えあっている。ニュージーランドの、のんびりした雰囲気が私たちを変えているのかもしれないが、実際きて話してみたらなんてことはない、お互い英語を学ぶ身として、切磋琢磨しながら喋って遊んでいる、ただの「友達」だ。英語以外で学ぶべきことに触れることができて、私は本当にここに留学にきてよかったと思っている。これは滞在期間が1か月ではきっと気づくことができなかったことであったと思うし、帰国してからは、お土産話として、必ず友人や家族に話すことだろう。

Name: A.Y.

残りあとわずか

私の留学が残り数日になりました。2月18日から今日まで、あっという間に過ぎてしまい、時が経つ早さを痛感しているところです。まだまだここにいて、生活環境が英語に囲まれている暮らしがしたいです。今回の近況報告では、私がニュージーランドで過ごした日々の中で1番悲しかった事と1番嬉しかった事を述べようと思います。

まず、1番悲しかった事は友達との別れです。私はクラスが同じだった香港出身の男の子と仲良しでした。私のSpeaking力が向上した要因の一つが彼だと感じています。言語というのは、伝えたい人がいて、伝えたい内容があるからこそ使われるものだと感じたし、使う機会があるからこそ上達するものだと実感しました。さらには彼が喋る言葉や文法の使い方等を自然と真似して私も使っていました。だからSpeakingが上達したのだと思います。彼とは毎日会って、常にお喋りをして、彼が私のクラスにいるのが当たり前でした。しかし、彼は自分の勉学を終え、5月に母国へ帰ってしまいました。“もう二度と会えない人かもしれない”と思う気持ちから、お別れをするのがとても辛かったです。留学へ来ると老若男女問わずお友達が出来ます。たくさん友達が増えて嬉しい反面、別れが悲しいです。今回は彼1人とのお別れでしたが、自分が帰国する時には複数の友人と別れなければなりません。その事を考えると寂しい気持ちでいっぱいです。

次は1番嬉しかった自分の誕生日の事です。私は今年で21歳になりました。日本では20歳が重要視されていますが、ニュージーランドでは子供から大人へと変わる節目が21歳のようです。伝統的な風習としては、両親が子供へ鍵をあげるそうです。その意味は、自分の部屋に鍵をつけて良いという意味です。学校の自分のクラスではHappy Birthdayの歌を歌ってもらい、ホームステイマザーや一緒に住んでいるホームステイメイト、学校の友達にはプレゼントを頂きました。その中でも1番多かったプレゼントはチョコレートです。ここダニーデンにはイギリス王室御用達であるCadburyのチョコレート工場があり、有名且つ美味しいからみんなチョコをくれたのだと思います。幸せな誕生日になりました。

私にとって今回の留学は思い出深いものとなりました。ニュージーランドへの留学を決める時、準備をしている時、不安や心配で押しつぶされそうでした。留学へ来ることを躊躇した時もありました。でも今私の中にあるのは、“ここへ来て良かった”という気持ちです。泣いても笑っても残すところ数日となった私のここでの生活ですが、自分はここで何を得、どう感じたのかを見つめなおし、帰国後の自分に生かせるようにしたいなと思います。


この写真はTekapoに夜空を見に行った時の写真です。赤と青のまとまりは天の川です。

Name: Y.N.

ここでしか作れない思い出

ニュージーランドに来て3ヶ月以上が経ち、帰国日まで残り1週間をきろうとしている。留学にしにきた当初は、4ヶ月という期間が自分にとってはとても長く、終わる日が果たしてくるのだろうかと明け暮れていたが、留学生活の半分が過ぎた頃から、毎日が早く感じるようになり、あっという間に終わってしまうものなのだと思い始めた。そう気づくのは遅かったかもしれないが、思い始めてから、残りの留学生活を悔いの残らないように過ごさなくてはいけないと改めて思った。

4月下旬あたりの約1週間、私は初めてイースターを過ごした。イースターという名前は聞いたことはあったが、日本ではゆかりのないものであったため、特に意味は知らなかったが、ここに来て、ホームステイに教えてもらい、クリスマスと似たような意味合いを持ち、キリストの生誕祭だということを知った。イースター初日、朝からホストファミリーの娘やその家族たちが家に来ていて、早くから大いに賑わっていた。朝起きて皆のところに行ったら “Happy Easter”と言われ、うさぎ型のチョコをもらった。初めてのことだったから多少驚きはあったが、文化の違いを共有できたことに嬉しさも感じた。学校は1週間程休みであったため、私は友だちと2人でオークランドまで旅行しに行った。ここに来てちょうど2ヶ月経った頃に飛行機に乗ったため、またこの2ヶ月後にオークランドへ飛行機で行くと思ったときは感慨深かったのを覚えている。現地ではバックパッカーとして旅行を満喫し、waitomo cavesといった有名な洞窟のツアーに行き、また人生初であるラフティングを体験した。そこは一般人が体験できる許容範囲では世界一の落差なため、とてもスリリングであり、最高なアクティビティを体験することが出来た。日本では味わうことが出来ない一生の思い出を作れ、またそこで出会えた人達とは最初で最後の出会いではあったが、楽しく充実した旅行を送ることができた。

ニュージーランドはスポーツといったらラグビーであり、世界一強いチームである。日本では他の球技と比べたらそこまで盛んではないため、私はラグビーそのものをしっかり観たことがなかったし、あまり興味も持っていなかったが、ここに来て、学校の裏側がスタジアムということもあり、せっかくの機会だから観戦しに行った。日本にいる時はラグビーについて無知だった私だが、選手は何も防具は付けず、身を張った勇気と精神、その迫力に鳥肌が立つ程感動し、今やラグビーのファンになり、これまでに計3回のリーグ戦を観に行くことが出来た。ダニーデンを飛び立つ日に、世界一のニュージーランドと発祥国のイングランドがこのスタジアムで試合するのに、それを生で観られないことがとても心残りではあるが、2019年に日本でW杯が開催されることを知り、日本を盛り上げたい、もっと皆にラグビーのことを知ってもらいたい、広めたいと思えるようになった。

私はニュージーランド人が好きだ。少なくとも、ホストファミリーや私が関わった人たちは皆とても陽気で、冗談が好きで、優しく大らかだ。当初はもちろん英語を学びにくることが目的はあったが、それ以上に、日本との文化の違いに触れながら学んだことや、人との関わりから得たことの方が、私にとっては大きかった気がする。何せ初めての海外だった為、留学しにきて様々な初めてを体験し吸収できたことに、ここに来て良かったなと改めて思う。日本にいた時の生活とは明らかに変わり、自分から調べ、尋ね、行動するといった、自発的に動くことがたくさんあった。帰国して、家族や友人に自分がどう映るかは分からないが、少なからず私自身は成長し変われたと思っている。この留学生活は私にとってとても意味のあるものであり、自分を見直す期間となった。


先週の休日にテカポへ旅行しに行った時の帰りの写真。
この場所からはニュージーランドで一番高い山、マウントクックが見られる。
湖は透明ではないが、そこが神秘的でもあり、反射して山も映し出されている。
天気に恵まれ、夜は今までで見たことのない大量の星を見て、他にもたくさんの流星群や天の川なども観測できた。
日中は見ての通り快晴で、雲一つなく、元々雲など存在しないかと思わせる程である。


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